乙一「The Book」を読みました②
限界状況の作出
蓮見琢馬の母である飛来明里は、一連の経緯の末、恋人であり蓮見琢馬の父である大神照彦によって、ビルの隙間に閉じ込められて生活することになります。
ここでは、ビルの隙間に監禁するなんて不可能だろう、というのが読者のファーストインプレッションなんじゃないかと思います。実際、飛来明里はビル付近を歩く人々の話し声や、ビルの近くの喫茶店のBGMを聞きながら生活することになります。距離的には外界とごく近い場所に存在しているのです。
しかし、そこを無理のない設定で説得的に読者に伝えきっています。これがすごいです。読んでいて、それでは仕方ないなとちゃんと納得できます。
しかし一方で、やっぱり誰か気づいてもいいもんじゃないか、という感想もぬぐえないわけです。にも関わらず、飛来明里は発見されることなく一年もの間そこで生活し、最後には身ごもっていた蓮見琢馬を出産するに至ります。
この辺りがとても不気味で、読んでいてぞくぞくします。
乙一オリジナル「スタンド能力」が秀逸
蓮見琢馬のスタンド能力は「自己の記憶を相手に実体験させる」というもの。「ザ・ハンド」や「キラークイーン」のような、戦闘用に設計されたスタンドとはかなり性質を異にするスタンドです。
蓮見琢馬にこのようなスタンド能力が発現したのは、彼の生い立ちに由来します。小説ではこの点が詳しく描かれています。
最初は「一度見聞きしたものは決して忘れない」という先天的な体質として描かれ、それがスタンド能力として具現化する。体質からスタンド能力の発現にいたる過程がとてもスムーズで、スタンド能力は本人の個性に大きく依存するのだな、ということが強く実感できます。
漫画版では、誌面の制約もあってなかなかスタンド能力発現の過程にまで手が回りません。もちろん、「クレイジー・ダイヤモンド」や「ハイウェイ・スター」のように、本人の個性との結びつきがある程度説明されている例もあります。
しかし大半は、本人の個性と結びついたスタンド能力とはいえない性質のものです。吉良吉影と爆弾に特別の結びつきはありませんし(もしくは説明がなされていませんし)、康一くんと音・重力にも特別な結びつきはないでしょう。
この点、蓮見琢馬と彼のスタンド能力は、蓮見琢馬だからそのスタンド能力が発現したという、必然的な関係が感じられるのが素晴らしいです。彼のスタンド能力ははっきり言って使いづらいですが、それも本体が蓮見琢馬であるならば仕方がありません。むしろ、そうした使いづらいスタンド能力が発現することで、「スタンド能力の発現は恣意的なものではない」ということが実感でき、スタンドがその人の魂のあらわれであることが鮮明になります。
また、使いづらいとはいうものの、蓮見琢馬のスタンドは戦闘に使えないというわけではありません。事実、彼は「茨の館」で自己に襲い掛かってきた億泰をスタンド能力で撃退しています。
使いづらいようで、使い方次第では強力な武器になる。こういう設定も面白いと思いました。
しっとりとした文体
全体的には悲しい物語といえると思います。これに乙一のしっとりとした文体がベストマッチです。
読んでいてひんやりとした、心地よい気分を感じられます。
と、このように、とにかく面白い作品です。
ジョジョファンはもちろんのこと、一つの物語として洗練されたものですので、ジョジョファンでなくとも楽しめると思います。
物語の性質上、文庫版がでることは考えにくいですので、文庫版を待つより今すぐに手を出すことをおすすめします。
The Book 〜jojo's bizarre adventure 4th another day〜
- 作者: 乙一,荒木飛呂彦
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2007/11/26
- メディア: 単行本
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